柄谷行人『倫理21』より 引用。
普通、自然科学における「因果性」というのは、AであればBということですね。フロイトが考えている原因というのは、Bという結果があったときにのみAという原因が見出されるということです。これはAはBを規定しない。L・アルチュセールはこれを「構造論的因果性」と呼びました。ある症状があったときにAという原因が見つかったとしても、AであるならばBになるということには決してならないのです。(以下略)
柄谷行人『倫理21』42ページ~43ページ
というわけで、ロト6の分析は、科学的に分析すべきだと思うわけではあるのだけれど、その「科学的」というのが、やや厄介であり。
まあ、出目という結果を生み出した原因を探っていくのが、科学的分析なんだろうけれど、たとえそれで、原因が見出されたとしても、その原因は、以後のロト6において、「AはBを規定しない」ということがありうる、ということは、忘れずにいたい。
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